どっちらけ「川」取材 その3

 結局掲載はされた。

 昨年11月、大和川(大阪府)の取材をした記事だ。
 この取材、大和川の付け替え(放水路の掘削)300年の祝賀行事、そしてこの付け替えの中心人物でもある中甚兵衛の子孫でもある中九兵衛氏へのインタビューから構成したものだ。
 相変わらずの何度かの訂正を求められながら、私は別の取材で海外に行くことになっていた。そこへまた訂正の指示。忙しい取材の合間を縫って現地のインターネットカフェにこもり、夜遅くまで書き直しを行った私である。

 しかし帰国してみると、この取材を仕切ったY氏からこんなメッセージが届いていた。
 「国土交通省と中氏との間で原稿調整が必要なので、掲載は延期になった」
 原稿調整?
 聞いたことがない言葉だが、つまりこういう事情なのだ。

 中氏は、祖先甚兵衛の業績を研究するにつれ、彼に関するこれまでの記述には誤りが多いことを発見。そのため、甚兵衛を正しく認識してもらいたいと、地元の学校なので講演を続けている。
 しかしこれが国土交通省は気に入らない。というか、実はこの300年祝賀行事をめぐって、行事の実行委員会と中氏の意見が合わず、氏は委員会からすでに決別していたのだ。
 もちろん、歴史にはさまざまな見方があり、個々の意見や認識が180度違ってもおかしくはない。だから中氏と国土交通省の確執そのものは問題ではない。
 だがおかしいのは、インタビューの相手として中氏を推薦したのは、ほかでもなく国土交通省なのだ。つまり、意見の異なる人間をあえて推したということである。
 それなら、いろいろな立場のいろいろな意見がある、というふうに文章を構成しろ、という意図であると理解するのが自然である。ところが中氏の意見が納得できない、と推薦しておきながら文句をつけたのである。

 この理解不能な国土交通省、いや実際は「国土交通省近畿地方整備局大和川河川事務所」という長ったらしい下部組織の言動により、せっかくの記事はお蔵入りになってしまったのだ。

 取材を仕切っていたリバーフロント整備センターなる天下り団体も右往左往。昨年度で本来の仕事場に復帰することが決まっていたT氏など、責任を持って記事の内容をコマンドするなどという気概を持ち合わせているはずもない。
 加えて私に直接取材を依頼した編集プロダクションAのY氏も、あれだけ私に文句をつけておきながらメールでの釈明のみ。足腰立たずにカメラも抱えて歩けない産業廃棄物カメラマンY氏にできることは、せいぜいはるか昔にアンデスで撮影したコンドルの写真で私に年賀状を送ってきたくらいだった。

 だが今年に入って、なんと取材から半年以上が過ぎた7月末、掲載されるかもしれないという連絡がY氏より入る。ギャラもようやく振り込まれた。ボツという可能性もあったらしいのだが、ようやく掲載され、私の手元にその週刊誌が届いたのだった。

 しかし読んでみて改めてびっくり。
 私が出した原稿と全然変わっていないじゃないか??
 「原稿調整」とやらが必要だったのであれば、私の文章などズタズタに直されているのだろうと思っていたからだ。というか、半年も「調整」したのであれば、そう考えてもおかしくない。

 いったいこの半年は何だったんだ。
 調整、って・・・・・?

 ということで、バカを見た私のお話でした。
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by waterways | 2005-08-14 16:18 | 川担当行政の愚のグ
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